2018年05月23日

ささいなことばから


 22日の山陰中央新報のコラムに
”AIが急速に進化を遂げている”といった記事が
ありました。
 議会等での速記者がAIに変わり、人間が脇役に
在しているのだと。
 
 何を感じたかと言えば、言葉や感情を司るのは
人間だというのに・・・という事
 でも、その人間らしさが、最近様々な問題を
生み出していることも。
 
 最近、よくニュースや話題になる言葉に
セクハラ、パワハラ、失言への答弁や撤回・謝罪など。
 日大の違反行為も、かけられた言葉が端を発して、
まっすぐな20歳の青年の人生を左右してしまう。

 ちょっとした一言が・・・
 意思の下の”悪意ある言葉”や行為ばかりではなく、
(アメフト部監督の指示は、悪意を感じるけれど・・・)

 本人は気づきもしないところで相手を深く
傷つけている言葉が多くく存在していることを
感じています。

 もちろん、受けて側の気持ちや性格も
とても関係していることは
否定はしないけれど・・・
(さらりとかわすとか、受け流すとか、
図太い神経をしてるとかそんな人間ばかりならいいけれど、
世の中にはいろいろな人が一緒に暮らしている)

 だから、神経を使って、まわりに配慮して、
考えて考えて、言葉を発する?
それもくたびれます。私なら、黙ってしまいます。

 自然にさらりと身について、
相手にふわりと言葉が届くことが
出来ればいいのになあと、いつも思います。
 言葉はとても繊細で、気持ちを伝える人間らしい行為です。

 せめて、丁寧な言葉で会話がいつも出来るように
自分がありたいなあと、思いました。


 
 
 
 

 

 
posted by ライトハウスライブラリー at 07:32| 日々のライトハウスライブラリー